ECB、追加利下げ慎重に
経済部 シニアエコノミスト
欧州中央銀行(ECB)は、7月18日に理事会を開催、政策金利を据え置くことを決定しました。
ECBの政策金利は、主要政策金利、限界貸出金利、中銀預金金利の3つがあります。現在、主要政策金利は4.25%、限界貸出金利は4.50%、中銀預金金利は3.75%に設定されています。主要政策金利は、民間銀行が中銀から1週間資金を借りる際に適用される金利であり、3つの金利の中心になるものです。限界貸出金利は、銀行が中銀から1日資金を借りる際に適用される金利で、3つの金利の最も高いものになります。中銀預金金利は、銀行が中銀に余剰資金を預ける際に適用される金利で、3つのうち最も低いものです。マイナス金利が適用されていたときに、マイナスになっていたのは、中銀預金金利です。
今回の会合で、「直近の情報は、理事会の中期物価見通しの評価をおおむね裏付けるものだった」と指摘しています。5月に消費者物価上昇率が前年同月比+2.5%と、3~4月(+2.4%)から拡大した現象は一時的なものであり、6月には+2.5%となり、平たんではない、でこぼこ道を歩みながら、中期目標の2%に向かっていくという見方を維持しました。
また、予想通り、賃金上昇というコスト増が企業収益によって一部吸収されて、物価上昇圧力が部分的に緩和されているという認識も示されました(注)。ラガルドECB総裁も記者会見で、「WPP」が重要だという認識を明らかにしています。賃金(W:Wage)上昇が販売価格に転嫁されることで、消費者物価上昇率が拡大するため、賃金動向が重要になります。その一方で、企業が賃上げ分の転嫁を利潤(P:Profit)の調整によって軽減したり、創意工夫などを含めた生産性(P:Productivity)の向上によって、販売価格への転嫁が抑制されたりするかもしれないためです。物価上昇率を中期目標の2%に向けて低下させるためには、賃金、利潤、生産性が重要な役割を担うという認識と言えます。
また、理事会では、追加利下げについて言及を避けました。前回同様に、「政策金利の適切な水準や制約的な期間を決める際には、データ依存で、会合ごとのアプローチに従う」ことを示しました。「特に政策金利の決定においては、直近の経済・金融データに基づく物価の見通し、基調的な物価動向、金融政策の伝達力の3つの評価にも基づく」と記載も維持されました。
急ピッチの利上げ後の、4年9か月ぶりの利下げということもあって、6月の利下げに向けてECBは念入りに用意を進めました。実際、6月の会合前には、ECB高官ら、また各国中銀総裁などが、サプライズがなければ利下げが実施されると、繰り返し発言していました。6月利下げを市場に織り込ませて、無用な混乱を避けたいという思惑があったとみられます。
しかし、6月理事会前に発表された5月の消費者物価指数が、予想外に拡大しました。本来であれば、政策金利を据え置き、様子見したかったものの、それまで利下げを市場に織り込ませてきただけに、実施せざるを得なかったという一面もありました。その経験を踏まえて、「あらかじめ特定の政策金利の経路を約束するものではない」と声明文に明記されるようになり、追加利下げについては、より慎重になっています。
金融政策を決める上で、「データ依存」、つまり経済指標を丹念に分析し、現状を把握して、あらかじめ決まった経路ではなく「会合ごと」に判断を下すことは当然の姿勢と言えます。
しかし、それを強調しすぎてしまうと、先行きがどうなるのか読みにくい状態になります。物価など経済指標が発表されるたびに、それを踏まえて市場参加者が金融政策を予想することになり、結果として、為替相場など金融市場の変動を大きくしてしまう恐れもあります。経済・物価動向や金融政策の先行きに、ある程度頑健なコンセンサスが形成されるまで、金融市場で変動が生じ得ることには注意が必要です。
(注)名目GDPは雇用者報酬、営業余剰、純間接税の和と定義されます。名目GDPを実質GDPで割ることで算出されるGDP版の物価指数であるGDPデフレーターも、単位労働費用、単位利潤、単位純間接税の3つの和になります(例えば、雇用者報酬を実質GDPで割ったものが単位労働費用であり、実質GDP1単位あたりの雇用者報酬になります。ほかの2つも同様)。そのため、賃金(単位労働費用)が上昇するときに、企業収益(単位利潤)が縮小すれば、賃金上昇分がそのまま物価(GDPデフレーター)にそのまま転嫁されず、緩和されることになります。2022年の物価高騰局面で単位労働費用とともに上昇しGDPデフレーターを押し上げていた単位利潤が、足元ではそれほど上昇しなくなっており、その分GDPデフレーターの上昇ペースが鈍化しています。
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