CPIショック、再び
経済部 シニアエコノミスト
7月11日の米消費者物価指数(CPI)の発表をきっかけに、対ドルの円相場が円高・ドル安方向に動き、日経平均株価が急落するなど、金融市場が大きく変動するCPIショックが再び起きました。
CPIの上昇率が市場予想以上に鈍化したことが、きっかけです。米労働省によると、6月のCPIは前年同月比+3.0%でした。上昇率は5月(+3.3%)から縮小して、2023年6月(+3.0%)以来の大きさになりました。また、小幅な拡大(+3.1%)を見込んでいた市場予想を下回りました。足元の瞬間風速ともいえる前月比の伸び率は、小幅加速(+0.1%)の市場予想に反して、2020年5月以来、約4年ぶりのマイナスとなる▲0.1%でした。物価の基調を見る上で注目されている食品・エネルギーを除くコア指数も+3.3%と5月(+3.4%)から鈍化、2021年4月(+3.0%)以来の小幅な伸びになりました。
FRB(米連邦準備理事会)地区連銀総裁らは、この結果を好意的に評価しました。2023年初めの物価上昇率の高まりが一時的なものであり、FRBの目標である2%に持続的に向かっていく確信を強める結果につながるとみられるからです。
市場でも、9月の利下げ開始観測が高まりました。FRB同様に、これまで物価の高止まりから利下げ開始時期を見誤ってきた市場参加者らも、物価上昇率が紆余曲折ありながらも2%に向かっている、という見方を再び強めました。
しかし、CPI発表のみでは、対ドルの円相場を1ドル=157円台半ばまで4円超も円高・ドル安方向にもっていく力はないと考えられます。もちろん、物価上昇率が前月から縮小したことは事実であるし、2%目標に向かう確信が強まる材料になったことも事実です。それでも、物価の鈍化といっても小幅にすぎませんし、今回の結果のみで今後の物価の鈍化を確実にしたとも言い切れません。そのため市場では、このタイミングで、円安を修正する機会をうかがっていた政府・日銀による円買い介入が実施されたという見方が広がりました。
CPIショックが、今後も発生する可能性はあります。FRBは政策金利を決める際に入手する経済指標、経済見通し、リスクのバランスを注意深く評価しつつ、会合ごとに判断する方針を示しています。そのため、FRBの二大責務の一つである物価指標が発表されるたびに、市場では、政策金利の見通しが修正されて、金融市場が大きく変動しやすい環境にあります。
パウエルFRB議長もこれまで、物価は「でこぼこ道」を進むという認識を示してきました。物価上昇率が2%に向けて縮小する方向にあるものの、途中で拡大することもあるので、一様に進むわけではないということです。つまり、CPIショックが生じる環境が当面続くといえます。
ただし、今後はCPIの結果の金融市場への波及経路が読みがたくなることが懸念されます。例えば、パウエルFRB議長も7月上旬の議会証言で、リスクは上下でバランスしている[TY[G1] という認識を示しました。足元の景気動向や雇用環境に陰りが見えつつあるためです。二大責務のうち「物価の安定」に注力できる環境ではなく、もう一つの「雇用の最大化」への目配りも必要になってきました。
そのため、CPIの結果を評価して金融政策を決定するFRBと、CPIの結果を評価する市場参加者らの思惑が、大きく乖離する恐れがあります。FRBが雇用の最大化にも目配りする一方で、市場参加者らが利下げ開始に焦点を当てがちだからです。
そこに、11月に迫る大統領選という政治リスクが絡んできます。トランプ前大統領は、現在のFRBの対応に否定的な考えを明らかにしてきました。また、FRBの「雇用の最大化」という責務の修正も視野に入れられており、FRBの金融政策の独立性が損なわれる恐れも強まっています。
こうしたことを踏まえると、米利下げが開始されて、その後の道筋について、安定的なコンセンサスが形成されるまで、CPIショックが再発する可能性が高いため、それに対する警戒感が欠かせないと考えられます。
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