
経済部 シニアエコノミスト
2024年を振り返ると、選挙の年でした。米国では、トランプ大統領が再選し、上下両院は共和党が多数派を占めました。日本でも、自公両党は衆院選で過半数を失い、少数与党になりました。欧州でもドイツではショルツ政権の不信任が可決され、2025年2月に総選挙が実施される予定です。フランスでも議会選で与党連合が事実上の敗北、3勢力が分立した中でバルニエ政権は短期間で総辞職に追い込まれました。こうした結果は、コロナ禍での対応、その後の物価高騰の対応を踏まえて、有権者の審判を受けた結果ともいえます。
特に、歴史的な物価高騰は、実質賃金を低下させた結果、人々の生活を貧しいものにさせてしまいました。物価上昇率は2022年半ばごろから縮小に転じたものの、足元にかけてコロナ禍前に比べて高い伸び率を維持しています。そのため、今後、この痛みがどのように回復していくのかが注目されます。
物価上昇率については、日米欧ともに2%を目標に掲げているため、それを上回るような賃上げとなれば、実質的な購買力は回復していきます。実際、米国の賃金上昇率は、物価上昇を上回っており、購買力は回復しつつあります。また、欧州でも、労使交渉の中で妥結賃金が高めで推移しており、実質的な購買力は持ち直しつつあります。ただし、欧州の物価上昇率は米国よりも高かかったため、回復には時間がかかると考えられます。日本でも、歴史的な賃金上昇となっているものの、物価上昇に追いつかず、依然として厳しいままです。
欧米では、賃金上昇や労働環境の改善を求めて、ストライキが頻発してきました。その一方で、日本ではほとんどそうした事態にはなっていません。労働組合の組織の仕方が欧米とは異なることやこれまでの歴史的な背景などがあるのでしょう。ただし、労働組合は高い賃上げを求めていますし、政府も賃金コストの販売価格への転嫁状況で不適切な状況になっていないか、これまで以上に厳しく見守っています。金融市場も、人的資本として人材の適切な扱いを求めているなど、コロナ禍前から外部環境は様変わりしている面もあります。
その一方で、経済構造が変化しつつあることが懸念されます。欧州や中国企業と競争を繰り広げ、優位性を確保している米国のIT企業は、従来の製造業のように米国内で雇用を創出しているわけではありません。欧州でも、中国企業との競争激化や経済安全保障の観点から供給網を分散させる中で、欧州域内の雇用が削減され得るケースも見られます。そうなると、これまで安定してきた雇用環境が崩れてしまう恐れがあるといえます。雇用環境、すなわち労働需給のバランスにおいて、供給超過となれば、賃金には低下圧力がかかりやすくなり、日常生活の改善がさらに遠のく恐れも出てきます。
気候変動対策やグリーン化などにはコストがかかり、それが物価上昇圧力になる一面もあります。その一方で、日常生活が厳しいままであれば、背に腹は代えられないと、長期的な課題が先送りされることも想定されます。先送りされても、その後適切に対応されればよいものの、先送りされた将来にはそのときの異なる問題が発生しており、対応策が不十分になるケースもあります。
先を見据えつつも、今どのように対応していくのかが重要になっています。今の生活苦が政権交代など政治の大きな変化の一因であるならば、新たに影響力を増したり、政権を担ったりするようになった首脳や与党、政党は、こうした対策を欠くことができません。十分改善できなければ、今度の選挙で支持を失う恐れがあります。クリントン元米大統領が当時大統領選のスローガンに掲げた「大事なのは、経済なんだよ!(It’s the economy, stupid!)」が、2025年には再び問われることになるでしょう。