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執筆者の写真SCGR運営事務局

【#12】違いを分かるようになりたくて


MIRAL LAB PALETTE × SCGR企画 SC Kaleidoscopeでの様子


経済部 シニアエコノミスト


中央銀行や経済官庁の景気判断などの文言には、独特のわかりにくさがあります。例えば、中銀の声明文で、一語変わったことの意味が話題になることも少なくありません。あまり本質的ではないような気がする一方で、何かしらの意図があるのではないか、と考えてしまうことも事実です。また、景気判断でも、絶妙(ときには微妙)な表現が使われます。実際にデータを見て、グラフを描いて、自分の頭で考えて文を書いてみると、その微妙な差に込めた思いが伝わってくるのですが、傍から見ているとよくわからないことも多いです。

 

そこで、米連邦準備理事会(FRB)の『地区連銀経済報告(ベージュブック)』に記されている景気判断を考えてみます。ベージュブックは、米連邦公開市場委員会(FOMC)において金融政策を議論する上で基本的な資料であり、各地区の経済指標やヒアリングを通じて景況感など経済実体を捉える重要なものとして注目されています。その本文の出だしは、景気の総括判断であり、米国経済の現状を知ることができます。

 

2024年1月17日発表のベージュブックでは、

 

「A majority of the twelve Federal Reserve Districts reported little or no change in economic activity since the prior Beige Book period. Of the four Districts that differed, three reported modest growth and one reported a moderate decline.」

 

とありました。これは、「12地区の大半は、前回のベージュブックの期間からほとんど、または変わっていないと報告した」と読めます。12地区の「大半」であって、「全て」ではない。2~3地区(a few)よりも、複数(several)よりも多いけれど、全て(All)よりも、大多数(vast majority)よりも少ない地区数ということです。また、ほとんど変化がない(little change)または変化なし(no change)とやや表現が異なります。前者は「ほぼ」前回並み、後者は前回並みと解釈できるので、変化の程度の差はあるけれども、ならしてみれば横ばい圏ということだと思います。それ以外の4地区のうち、3地区は緩慢な成長、1地区は緩やかな低下でした。緩慢な、または控えめな(modest)なので、わずか(slightly)より成長しているけれども、緩やかに(moderate)ほどのペースではないようです。

 

3月6日のベージュブックでは、

 

「Economic activity increased slightly, on balance, since early January, with eight Districts reporting slight to modest growth in activity, three others reporting no change, and one District noting a slight softening.」

 

と記載されました。「経済活動は、1月初旬以降、わずかに増加した」と読めるので、前回1月に比べると、経済活動が上向いたことがわかります。ただし、わずかに(slightly)であるので、そのペースはとても緩やかなものです。「8地区がわずかから緩慢な成長、3地区が変化なし、1地区がわずかに軟化した」とあり、12地区の内訳をみると、やや方向感が異なります。わずかから緩慢(slight to modest)なので、緩やかな(moderate)成長よりも成長ペースが鈍いことがうかがえます。また、3地区は変化がないので、前回並みで、1地区はわずかに軟化(softening)と、景気が弱含んだとみられます。ただし、「減少した」とはっきり言っている訳ではないので、「良い」か「悪い」かの2択ならば「悪い」ですが、そこまで悪いという訳でもない、と解釈できます。

 

4月17日のベージュブックでは、

 

「Overall economic activity expanded slightly, on balance, since late February. Ten out of twelve Districts experienced either slight or modest economic growth — up from eight in the previous report, while the other two reported no changes in activity.」

 

という文になり、2月後半以降、全経済活動はわずかに拡大した」と総括されました。3月の増加(increase)と4月の拡大(expand)でどちらか大きいのか、と気になります。4月には10地区がわずかまたは緩慢な成長で、前回3月の8地区から増加した一方で、他の2地区はほとんど変わらなかったと評価されました。こうした点を踏まえると、増加よりも拡大の方が、成長ペースとして大きいと言えるようです。

 

5月29日のベージュブックでは、

 

「National economic activity continued to expand from early April to mid-May; however, conditions varied across industries and Districts. Most Districts reported slight or modest growth, while two noted no change in activity.」

 

と記載されました。拡大し続けている(continued to expand)と、継続して拡大していることが示されています。しかし、産業や地区によって、状態は異なっていると指摘されています。多く(most)の地区は、「わずかまたは緩慢な成長」とされ、ペースは鈍いものの、引き続き成長しています。また、2地区は変化がないと報告されました。

 

7月17日のベージュブックでは、

 

「Economic activity maintained a slight to modest pace of growth in a majority of Districts this reporting cycle. However, while seven Districts reported some level of increase in activity, five noted flat or declining activity — three more than in the prior reporting period.」

 

と記されました。「多数の地区では、わずかから緩慢なペースの成長を維持した」と総括されました。成長ペースは引き続き鈍いものの、成長を維持した(maintained)ので、成長が続いてることを示しています。12地区のうち7地区が活動水準の増加を報告、5地区が横ばい(flat)、または低下(declining)が報告されました。2024年1月以降で初めて、景気が下向きになっているという表現が出ました。

 

9月4日のベージュブックでは、

 

「Economic activity grew slightly in three Districts, while the number of Districts that reported flat or declining activity rose from five in the prior period to nine in the current period.」

 

となりました。3地区については、わずかに(slightly)成長したと評価されました。前回の成長ペースは、わずかから緩慢という表現だったので、一段下がったと言えます。その一方で、横ばいから低下と報告した地区数は前回の5地区から9地区に増加しました。前回は12地区中5地区が横ばいまたは低下だったので、経済活動が下向きだったのはまだ少数派だったものの、今回は9地区と多数派になり、経済活動の減速感が強まっていることがうかがえます。

 

一般的に、景気判断を短い文で示すときに、副詞や動詞の微妙な使い分けで、景気動向が表現されています。一部の統計を除いて、用いられる表現に基準がないため、必ずしも明確ではないことも多いことは事実です。しかし、下げ止まりの兆し、下げ止まりつつある、下げ止まった、持ち直しの兆し、緩やかに持ち直しつつある、持ち直しつつある、緩やかに回復しつつある、緩やかに回復している、回復している、力強く回復している……、などのように、方向感の違いやそのペースを示す上で、表現によって微妙なニュアンスを見て取ることができます。「底堅く増加」と「堅調に増加」ならば、後者が強い、「緩やかに持ち直しつつあるものの、足踏みしている」と「足踏みしているものの、緩やかに持ち直している」ならば、後者の方が持ち直していることに重点を置いているなど、日本語の微妙な表現で、細かなニュアンスをも言い表すことの難しさもあります。

 

こうしたことも含めて、何を根拠にそのような判断をしているのか、という点を確認することが重要です。そのためには、前月比と前年同月比の違いなど数字を見るための知識、統計の範囲や作り方の違いなども合わせて知っておくことが前提となります。特に後者は、実際に作成している官庁などをあたる必要がありますが、そうすることによって、少しずつ違いがわかるようになるはず……と考えています。

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