経済部 シニアエコノミスト
ビジネスの場面でプレゼン資料を作るときに、金融政策を前提条件として、話を組み立てていくことが少なくありません。その理由として、民間企業は金融政策自体を決めることができないこと、多くの生産者や消費者がそれぞれ意思決定している世界は判断基準が分かりにくい一方で、金融政策の意思決定者は限られていて説明しやすいこと、などが挙げられます。
しかし、ロジックとしては、「経済・物価動向→金融政策→経済・物価動向」です。実際、金融政策当局は、経済・物価動向など実体経済を重視しています。
例えば、米連邦準備制度理事会(FRB)の声明文(Statement、7/31)を見ると、出だしは「最近の経済指標は、経済活動が堅調に拡大し続けていることを示している。雇用は緩やかに増加し、失業率は上向いているものの、低水準にとどまっている。物価上昇率はここ1年にわたって軟化しているが、幾分高止まりしている」となっています。まず、経済動向を総括しています。FRBにとって、雇用の最大化と物価の安定が、いわゆる二大責務なので、雇用と物価の現状を評価しています。このように、経済・物価動向が大前提という姿勢です。
2段落目では、「雇用の最大化と長期の2%物価上昇率を達成することを目指している」と、FRBの二大責務が示され、経済見通しは不確実で、リスクは両サイドにあると指摘されています。
3段落目で、金融政策の決定内容になります。実際、「その目的のために、FF金利を5.25~5.50%に据え置くことを決定した」と、記載されています。また、今後の方針も示されています。「政策金利を調整するときには、入手するデータ、見通し、リスクバランスを注意深く評価する」ことや「物価上昇率が2%に持続的に向かうと確信できるまで、金利を引き下げることが適切とは考えない」ことが記されています。そのため、物価上昇率が見通しに沿って、2%に持続的に向かう「確信」が十分か、が1つの焦点となります。FRB高官や地区連銀総裁の発言でも、こうした点が注目されています。
また、欧州中央銀行(ECB)の声明文(Monetary policy decision、7/18)を見ると、出だしは「3つの主要な政策金利を据え置くことを決めた」です。決定内容が端的に示されています。具体的な内容は、決定した背景の説明、金融政策の方針の下に記載されています。また、ECBはFRBに比べると、文の構成が変わりがちなことと、表現が難しく分かりにくいことが特徴として挙げられます。
そこから、「広く入手した経済指標は、理事会の以前の中期物価見通しの評価を裏付けるものだった。5月に一時的な要因によって基調的な物価指標が上昇した一方で、多くの指標は6月に安定していたか、やや低下した」と続きます。これは、6月の利下げ開始を改めて評価したものとも言えます。5月に物価上昇率が拡大したため、6月の理事会での利下げ開始には一部異論もありました。理事会以前に大きなサプライズがない限り、6月に利下げを開始することにより金融市場に大きな混乱が起こらないようにという配慮から、市場に利下げを織り込ませていた中で、利下げせざるを得なかったという一面もありました。そのため、5月の物価上昇率の拡大は一時的なものであって、その時の判断は適切だったという話です。
さらに、「期待に沿って、高い賃上げによる物価上昇圧力は、利潤によって緩和された」と続きます。この点については、やや分かりにくいのですが、月報などでもたびたび触れられてきた点です。物価高騰局面では、企業利益の増加も、物価上昇圧力になっていました。賃上げが進むことで、今度は賃上げが物価上昇圧力として大きくなるのですが、その一方で、消費者は価格上昇を受け入れることに抵抗があることから、賃上げというコスト増を企業が販売価格に転嫁しがたくなるため、企業は賃上げ分を、利益を削って吸収するようになります。こうした変化から、物価上昇圧力が賃上げほど高まらないという見通しをECBは持っていました。実際、賃上げの一方で、企業利益が伸び悩み(圧縮されて)、結果的に物価上昇圧力も緩和されるようになったということを表しています。
その次に、「それと同時に、国内物価上昇圧力はまだ高く、サービス価格は高止まりしており、ヘッドラインの物価上昇率は来年にかけて目標を上回るようだ」という見通しが示されています。物価上昇圧力は緩和する方向で推移するのだけれども、実際どこまで緩和するのかという点で、賃上げとの関連が強いサービス価格が重要になるということです。また、目標を上回るならば、金融引き締めは必要になるはず、という考えについては、以下の段落で、据え置きの方針を示しています。
2段落目では、中期の2%目標について記載されています。必要な間、制約的な水準に金利を据え置くこと、データ次第で会合ごとのアプローチをとることなどの方針が引き続き表明されています。データ次第というのは、見通しを想定する上で、その元になる現状を把握する経済・金融指標が重要であり、予め利下げを実施するなどの方針を持っているわけではないということを意味します。そのため、会合ごとに適切な判断を下すという流れになります。このあたりは、FRBと似た方針になっています。
また、「特に政策金利の決定は、入手する経済・金融指標に基づく物価見通し、基調的な物価動向、金融政策の伝達力の評価に基づく」とした後で、「政策金利の経路をあらかじめ約束しない」とされています。前段の3つの条件もFRBの話と似た面もあります。最新データに基づく見通し、季節変動など一時的な変動を除いた物価のトレンドを注視するということです。また、金融政策が実体経済にどのように伝達していくのかもまた考慮していることも示されています。
金融政策が金融市場や実体経済に及ぼす影響を考えることも重要です。しかし、ロジックとしては、「経済・物価動向→金融政策→経済・物価動向」であるため、金融政策とそれに伴う経済の変化を見誤まらないためにも、実体経済をしっかりと見ておく必要があります。
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